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2022

引退ブログ『波瀾万丈1ヶ月物語』 日高颯太

こんにちは。

4年FOerの日高颯太です。

はじめに、近畿大学ラクロス部の活動におきまして、日頃より多大なご支援ご協力を賜りました大学関係者の皆様、地域の皆様、保護者の皆様並びにOB、OGの皆様、誠にありがとうございました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。


また、今年度も、新型コロナウイルスの影響により、部の活動や大会の是非が問われる中で、リーグ戦開催にあたり、ご尽力頂きました、JLA公益社団法人日本ラクロス協会の皆様、並びに運営スタッフの皆様、関係者の皆様に、重ねて御礼申し上げます。


未曾有の事態にも関わらず、様々な感染症対策を講じた上で、今年度のリーグ戦開催に踏み切って下さり、私たち近畿大学としても最後まで参加させて頂けたこと、深く感謝しております。


それでは、4年間の集大成として、自身の想いや出来事を文章に残したいと思います。

拙く、長い文章になりますが、お付き合い頂けると幸いです。


僕は、近畿大学に入学して間もない頃、部活動に所属しようとはこれっぽっちも思っていませんでした。


大学受験の際に、第一志望に届かず、周りの友達が次々と塾を去っていってしまう中で、自分は後期試験までもつれ込み、やっとの思いで入れた大学では、好きな時に、好きなスポーツをしたい!そのためには数あるサークルから1番楽しいところに所属したい!

そんな気持ちで僕のキャンパスライフが始まりました。いろんなサークルの新歓に行って、ブルーシートの上で花見をして、これが大学生か〜と思いながら過ごしていた4月が懐かしいです。


小さい頃から好奇心が旺盛で、人と関わることが大好きな性格である上、同じ学部内にもたくさんの友達ができました。そこでたまたま1人の友達に出会いました。(後に、朝練の前にはほぼ毎日、全力でギリギリの電車に乗り込む同盟を組むことになります。)その子は僕の大親友の子と高校時代1番仲良かってん〜と話しかけてきてくれた子です。それがだいちゃんです。

小、中、高と1つも被ってはないのに、奇跡的に最寄駅が同じで、大学からの帰り道、家までずっと話しました。部活動に対して、全く関心を持たず、サークルのことだけを考えていた自分に、ラクロス部入ろうやと声をかけてきてくれました。最初は全力で断って、俺はサークルで大学生満喫するねん!!っと言っていた自分ですが、内心どこかで、高校までの部活動の楽しさに代わるものを見つけることが出来ておらず、もやもやした気持ちがありました。

就活の時、役に立つからと、懲りずに何度も誘ってきてくれて、一度体験会に足を運ぶことにしました。


大学の体育会ということもあって、きっちりとスーツを着ていて、その当時の4年生主将であったよねさんが、みんなの前でプレゼンしている姿にとても感銘を受けました。

人前に立って、堂々と話したい!あんなカッコいい男になりたい!いつの間にか気持ちが動いていました。極め付けは最後に見たパンプアップ動画です。



カッコいいBGMと共に、日々の練習をコツコツと頑張る姿や試合に勝ってみんなで抱き合いながら喜ぶ姿を見て、目の前の相手に勝ってチーム全員で喜ぶ高校時代のあの楽しさが蘇ってきました。ルールはまだ何も分からないけど、動画に写っている一人一人が輝いていて、とてつもなく感動し、鳥肌が立ちました。

「大学でも部活動を続けたい」この気持ちをもう抑えることは出来ず、すぐに入部届けを出しました。



部活動に入ってからは、週5の練習が始まり、大会に向けての練習や今まで1度もしたことのない器具を使っての筋トレなどを行いました。


サークルではなく、部活動に所属するということは、他の大学生に比べて時間的拘束もあり、なかなか友達と遊ぶことが出来ません。地元の友達に旅行に誘ってもらっても断らないと行けない時もありました。

ですが、プライベートも充実させたかった自分は、分刻みのスケジュールを組むことで、なんとか両立を図りました。


カラオケオールの日に、部活動の用意を持っていき、そのまま朝練に行った日や、旅行帰りに、そのまま試合会場まで送ってもらい試合をした日など、今思い返せば体力お化けやったなと思います。


1年が主役となれるサマーやウィンター、名古屋遠征などがあっという間に過ぎ、気付けば2年になっていました。

1年の頃は、チーム体制的にも別メニューを行っており、その時、指導にあたって下さったきんぞーさんや恵まれた同期のおかげで、とても楽しかったのですが、2年になり、大学生活も慣れてきて、さぁここからという時に新型コロナウイルスが流行します。

この影響を受けて、オンラインでの会議やトレーニングが主流となり、当分の間対面での練習はなくなりました。


今までなかなかバイトを出来なかった自分は、いろんなバイトを掛け持ちして、空いている時間があれば、バイトをしていました。学生の間にバイトを15個経験出来たのはとても良い思い出です。


ですが、一つ楽しいことを見つけたら突っ走ってしまう自身の弱い部分が出てしまい、対面での部活動が再開した時にも、なかなか切り替えることが出来ず、部活動の存在を二の次にしてしまっていたことは、とても甘かったなと反省しています。その時の先輩方、後輩、スタッフのみんな、同期のみんな、そしてかーりーさん、ごめんなさい。


それでもラクロス特有のFOというポジションを担っていた自分は、試合で活躍するために、もう一回練習を頑張ろう。リーグ戦でベスト10を取ったふくじゅんさんを見て、自分も取りたい。そう思いました。

ですが、その数日後、同期で同じポジションであった友達がプレー中に怪我をしてしまい救急車で運ばれていきました。グランド中に鳴り響くサイレンの中、運ばれていく姿、地面に拳を叩きつけて悔しがる姿。二度と忘れることはありません。その友達は、一回生の頃から同じポジションで、絶対負けたくないと思い、切磋琢磨してきた仲間だった故、一緒にプレーをすることが出来なくなってしまって、とても落ち込みました。


その後のラクロスは何か物足りず、松葉杖をつきながら練習にきている姿を見る度に、1番しんどい思いをしていたのはその友達なはずなのに、自分もそれ以上に辛かったです。それが祐太です。


そこから祐太が手術をして、復帰したものの、もう選手としてプレーをするのは難しいということを聞いた時、正直自分のことのように立ち直れませんでした。選手以外での道をいろいろ模索し、部活を続けていくための方法を一緒になって探しました。

ですが、いつの日かの金曜日の夕練で、選手以外で活躍していく方法は、なかなか見つからず、部活動を辞めるという決断をしたと聞いた時、グランドで夜遅くまで話しました。


選手としてはもちろん、プライベートでも仲が良かった祐太がいない部活は考えることが出来ず、なんとしても裕太が辞めて欲しくなかった自分はずっと引き止めました。

この時、怪我で1番苦しんでいたのは祐太やったし、すぐに辞めるのではなく、他の道も模索した上での苦渋の決断だったにも関わらず、その気持ちを汲み取れず自分の気持ちを優先させてしまったこと反省してます。ごめんな。

そこからの自分はもぬけの殻で、ラクロスに対しての情熱が完全になくなりました。

何をモチベーションに引退まで続けたら良いのか。このまま部活動を続ける意味はあるのか。ひたすら自問自答を繰り返し、退部届を書き終わった時、同じ境遇で頑張っていた2人の存在を思い出しました。


1人は高校生の時に同じクラスになり、受験の際には大喧嘩をした友達です。自分が間違ったことをしている時には間違っているとはっきり言ってくれる僕とってとても大切な存在です。


もう1人は、小、中、高、大と一緒になったことがないにも関わらず、塾だけはなぜか毎回同じになる友達です。全ての感覚が似ていて、どんだけ落ち込んでいてもその子と飲みに行ったら元気になれるし、自分ももっと頑張らないあかんと思わせてくれる大切な存在です。


この2人は小さい頃から野球をしており、スポーツは違えど、大学まで部活動を続けており、通ずるものがあります。


自身の負けん気強さも相まって、この2人が部活動を続けているなら、絶対自分も途中で投げ出さず、続けたい。この2人から認められる人間になりたい。辞めるという選択を踏みとどまり、南グランドの行き道のゴミ箱に退部届を捨てました。なおやしゅーま本当にありがとう。感謝しています。


同期の引退ブログを読んだり、自身の写真を見返しながら書く内に気付けば4000文字を超えてしまいました。こんな調子で卒論も書けたらきっと楽だろうに、、、

まだ続きます。お時間が許す方だけお付き合い下さい。


4年間もあるとこんなにも書きたいエピソードがあるんだなと驚いています。ここで深く書かせてもらった以外にも、ラクロス協会の中で、西日本支部大会委員長を経験させてもらえたり、大学生活最大の山場である就活のせいで社会人週一ラクロッサーになりかけた話など、山程ありますが、これ以上書くと作文になりそうなので、割愛させて頂きます。



とはいいつつ、ここからが本題です。僕のラクロス人生は1ヶ月といっても過言ではない程、引退までの残り1ヶ月に詰まっていました。

波瀾万丈1ヶ月物語、題名の意味が分からず、最後まで付き合って下さった皆様ありがとうございます。ここからもう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。


なぜ4年間もあって、1ヶ月なのか。まずこの題名を見て思った方々が大半だと思います。その理由は単純です。引退試合がある11月23日までの約1ヶ月間に4年間の集大成が詰まっていたからです。


どれだけ辞めたくてもどれだけ逃げ出したくてもフェイスオフというポジションは面白くて、続けてきた自分ですが、様々な状況を考慮した結果、別のポジションの人がフェイスオフを兼任しなければならなくなった時期がありました。

冷静になって今考えれば、圧倒的に自分の実力不足だったし、何かと言い訳をして、しんどい練習から逃れようとしていたツケが回ってきた結果であり、自分の責任であると痛感しました。ですが、その時は絶対に俺がフェイスオフとして出てやる。4年間やってきたポジションを譲りたくない。その一心でした。

そこから、この悔しさをバネに波瀾万丈の1ヶ月が始まります。


最高学年ともなれば、グランドメイクを後輩に任せっきりで、初心を忘れてしまっているなと思ったので、出来る限り、早くグランドに行くことで、後輩と一緒にグランドメイクをしました。直接、技術向上には関係なくても、これをすることで、精神面的に、練習前の気持ちを高めて入ることが出来るので、初心は大切であると改めて気付きました。


そしてそこからはいろんな人とのコミュニケーションを更に増やしました。SDFも兼任していたので、ステップが上手い人の動画を見たり、先輩にアドバイスをもらったり、時には後輩にプレーのことについて教えてもらったりと出来る限りの努力をしました。


FOに関しても、自身の動画を分析したり、筋トレの方法を変えてみたり、他大学まで武者修行に行ったりと、あらゆる情報源を最大限に使いました。その結果、1日1日が過ぎていくのがとても早くて、試合本番までに間に合わないという危機感が芽生えました。絶対負けたくない試合に向けて死ぬ気で調整するとはまさにこのことであると思いました。


直属の後輩であるかいととは練習をする中で、裕太を彷彿させる存在になりました。

メキメキ上達する後輩の姿はとても嬉しい反面、焦りも感じます。1人の選手として尊敬する部分がたくさんあり、後輩という立場を超えて、パートナーとしてお互いを高め合える関係でいれたこと感謝しています。かいとありがとう。



そして迎えた11月23日。試合当日です。


この日は緊張という気持ちも多少はありましたが、プレーしていて楽しいという感情の方が強かったです。

ともちゃん靴ありがとう。大感謝です。

試合開始時、雨も降ってましたが、両親、先輩、後輩、地元の友達やバイト先の友達、ゼミの友達など、様々な人が応援が駆けつけてくれました。応援行きたいとか、頑張れよって言ってくれた時、正直1番の支えでしたし、涙が出るほど嬉しかったです。ありがとうございました。

試合展開もドキドキで、2Qが終わった時には、観客の方々も、チームメイトも思ったと思います。


このままじゃ負けると。


これでは2部に降格してしまう。


特に僕たちの代は爆発力はあるものの、一度逆転を許すとそのまま引きずってしまう。嫌な予感がしました。


正直、自分もあぁ、このまま負けてしまうのかと思いました。



ですが、4年間ラクロスを続けてこの場でプレー出来ていること。


大学で部活動をするのは本当にお金がかかるし、小さい頃からいろんなスポーツをしたいと言っても、自由にさせてくれて、僕のために朝から晩まで働いてくれて、何不自由なく育ててくれた母親のこと。


どれだけ遅くに帰ってきても洗濯をしてくれて朝送り出してくれた祖母のこと。


離れた場所からいつも応援してくれて、試合では1番前の席で写真を撮ってくれた父親のこと。


引退までの1ヶ月間悔しくて悔しくて泣きそうになりながら練習したこと。


小さい頃から仲の良い地元の友達や、大学生になって、出会った友達、バイト先の友達、後輩や先輩が応援に駆けつけてくれたこと。


いろんなことが思い浮かんで、このままじゃ終われないと思いました。みんな涙を浮かべながらでっかい声を出して、一人一人が鼓舞しあってあのグランドに立っていたと思います。

スコアは、、、、


2-5から


3-5


4-5


5-5

同点に追いつき、もしかしたらあるかもしれない。逆転勝ちがあるかもしれない。



5-6

期待とは裏腹にまたもや逆転を許してしまった。

いいや。まだまだ。いつもなら終わりやけど今日は絶対に勝ちたい。近畿大学に関係する全ての人が諦めていませんでした。今の勢いに乗っている近大ならいける。誰もがそう思っていました。


6-6

えいとの同点ゴール。初得点を最後に持って来れるのはすごすぎる。ありがとう。


7-6

屈強なディフェンス陣から繋いだボールが最強オフェンス陣へ渡り、来年主将の頼もしいともやの得点。その後のフェイスオフは最高でした。ありがとう。

そして迎えた最後のノータイム。

賢いオフェンス陣の戦術により、最後はポゼッションし続けるパス回し。

ドキドキしながらも残り10秒を切り、関係者全員が涙しながら見守る。まだ何があるか分からない。一回生の時のウインターの悔しさを経験したからこそ、最後まで集中。


笛が鳴って試合終了。


勝った。


逆転勝ちをした。


関西一部残留出来た。



全員で抱き合ったあの瞬間は二度と忘れることがないと思います。


あの1ヶ月前の悔しさがなければこんなにも嬉しいと感じることは出来なかったと思います。

悔しさを糧に練習したことが最後の最後に結果に結びついたこと。こんなにも嬉しいことはないです。今までチームに対して、プレーでなかなか貢献出来ていなかったけど、フェイスオフで流れを少しでも変えれることが出来たなら御の字です。ありがとうございました。



ここまで長い間、付き合って下さり、本当にありがとうございました。

もうおそらく書き残したことはないと思います。


そして、このブログの締めとして、お世話になった方々に感謝を伝えさせて頂きたいと思います。




まずは両親。


文中でも少し触れましたが、大学に入って部活動をさせてもらうことは当たり前のことではないと思います。道具一つ揃えるのも、試合に出るのも、遠征に行くのもたくさんのお金がかかりました。

ましてや、僕は小さい頃からいろんなスポーツを経験させてもらいました。それでもいつも自分のしたいことを優先させてくれて、毎日一生懸命働いてくれて、どれだけ帰ってくるのが遅くても、どれだけ朝が早くても、送り出してくれて、感謝しています。ありがとうございました。




次にかーりーさん。


まず初めに、ご家庭やお仕事があり、ご多忙にも関わらず、僕たちをいつも気にかけて下さり、丁寧なご指導を頂きまして誠にありがとうございました。

下級生の頃、自分の意識は甘くて、ご迷惑をおかけした部分もたくさんあったと思います。その節はすみませんでした。

ですが、最後まで見捨てず、リーグ戦が始まってからは、戦う相手の分析をして、一緒に戦略を練って頂けたこと、そして試合では活躍の場を設けて下さったこと、感謝しております。

何より、LINEで激励の文章を何度も送って下さったことや、立命戦で、戦略がばっちりはまって、勝利を収めた際に、連絡を頂けたこと、とても嬉しかったです。今後とも近畿大学ラクロス部の発展にご尽力頂きますよう、何卒よろしくお願い致します。



そして下級生のみんな

まずは、最大でも3年間一緒にラクロスをしてくれてありがとう。たくさん話す事ができた子もいれば、話す機会をあまり作れなかった子もいる。でも、全員に共通して言えることは、このご時世で部活に入る事が不安だった思うのに入ってきてくれて、本当にありがとう。

みんなと一緒に練習した時間はめっちゃ楽しかったし、可愛い後輩ばっかりやし、笑顔溢れる学年ばっかりやと思うから、これからも頑張れ!


そして自分からは1つだけ伝えたいことがある。

自分も先輩のブログを毎年見てきて、全員言うやんって思っててんけど、これは味わってみてまじでほんまやったから伝えたくて。


どれだけ辞めたくなってもどれだけ逃げ出したくなっても、部活を続けること。やり切ること。


ちゃんと4年間頑張り続けることは本当にすごいことやし、それが1番ベストやねんけど、時には逃げ出してもいいと思う。時には全部忘れて遊んでもいいと思う。ずっと遊んでても、頭の片隅で同期の顔が浮かんできて、頑張らないとあかんって思う日が絶対来るから。


社会人になっても、後輩みんなの成長を願っています!!



続いてFOの後輩


まずは海斗。


ラクロスをする上で1番長い時間を過ごしたと思う。後輩というかパートナーというか良きライバルというか親友って感じやったかな!笑

リーグ戦なってからかいとがおらんかったらここまで続けれてないし、上手くなりたいとも思わんかったと思う。ほんま感謝してる。ありがとう。いつもそうたさんって言って駆け寄ってきてくれて、かわいい後輩でした!

でも、唯一後悔があって、それは武者修行にたくさん連れて行けんかったこと。海斗はほんまに上手いし、強いし、自分が毎週のように武者修行に連れて行けてたら更なる高みを目指せてたと思う。忙しさを言い訳にしてなかなか機会を作れなくてごめんな。

だからこそ、自分の成長のためにも、可愛い涼人、泰斗、蒼天の成長のためにも、どれだけ忙しくても、どれだけ練習がしんどくても機会を作ってあげてな!

どうしてもしんどくなった時だけ、ベイクを思い出せ!あれはいい思い出やったわ!また練習にも顔出すから関西No.1のFOerになるために努力を惜しまずな!!頑張れ!!!


そして涼人、泰斗、蒼天


これからしんどいことたくさんあると思う。他大学の強いFOerの存在、後輩の追い上げ、部活内での立ち位置、就活との両立。

でも一つだけ覚えてて欲しい。

このポジションはラクロスの中でも特有で、団体スポーツなんやけど、FOだけは個人で完結出来るポジションやと思うねん。だからこそ、自分の力を磨けば磨くほどポゼッション率向上に繋がるし、チームの勝利に貢献出来ると思う。その反面、自分が負け続ければチームの雰囲気は下がるし、勝てる試合も落としてしまう。そんな唯一無二のポジションやと思うねん。

同じ練習の繰り返しで、こんなんでほんまに反応が速くなるんかよって思う時があると思う。反応で負けてポゼッション出来ひんのにずっと試合には出ないとあかんくて、部活を辞めたいって思う時もたくさんあると思う。俺も1万回はあった!

でもそんな時は、一回生の時の自分の動画見てみ!反応は遅いし、フォームはやばいし、なんじゃこれって思うはず!試合開始時、静寂の中で、反応と力の勝負を制して、ATへボールを繋げれた時、ベンチに戻ってみんなにえぐいって言われた時、きっとやってて良かった。このポジションを続けて良かったと思うはず。FOは練習中も端においやられがちやけど、「試合展開を全て変えるゲームチェンジャー」やねんから自信持って頑張れ!!!もし海斗がいじめてくるようやったらいつでも連絡してこい!!2年後も3年後のリーグ戦も絶対見にいくからな!頑張れよ!!!



普段から応援してくれたり、試合に駆けつけてくれた後輩、同期、先輩。


10月29日の試合や、11月23日の試合には、今まで知り合った友達がたくさん見に来てくれて、観客席から応援してくれて、本当に嬉しかったです。

部活動を続けていく中で、何回も折れそうになりました、何回も逃げ出したくなりました、何回も何回も辞めたくなりました。

でもそんな時、遊びに誘ってくれたり、飲みに付き合ってくれたり、話を聞いてくれたりとみんなの力がなかったら確実に引退を迎えることは出来ていなかったと思います。

最後の試合で、手一杯の素敵なお花に囲まれながらみんなに引退お疲れ様と言ってもらえた時、ほんまに4年間続けて良かったとしみじみ感じました。

本当にありがとうございました。



スタッフのみんな


まずは4年間一緒に走り続けてくれた同期スタッフのみんなありがとう。

そして、後から入ってきてくれて、今年も頑張ってくれている後輩スタッフのみんなありがとう。

スタッフの存在というのは、ラクロスをさせてもらう上でなくてはならない存在だと思います。夏には冷たい水やアクエリアスを入れてくれて、選手のプレーの動画を撮ってくれて、選手よりも早い時間にきて、練習のための準備をしてくれて、怪我した選手に対しては適切な処置を施してくれて、その他にもここには書ききれないほどたくさんの部分で支えてもらっていたと思います。

選手のために4年間支え続ける。これは簡単なことではないし、当たり前のことではないと思います。これから部活を続けていく上で、選手が少しでも感謝足りてないなと思ったら存分に蹴ってやってください。僕も怒りにいきます。

本当に4年間たくさんお世話になりました。ありがとうございました。


あ!あと!一点だけお願いがあります。

FOの笛って、練習終わった後やし、FOerに笛お願いって言われたら、だるぅ〜って思っちゃう時あると思います。

そんな時はしゃーないな!私らがおらな出来ひんのやろ!という姉御肌の気持ちで寛容に、そして寛大に接してくれたらなと思います笑笑

(その代わり、海斗、涼人、泰斗、蒼天は絶対当たり前と思わないこと、そしてスタッフにも毎回お礼を言うこと、終わる時間を伝えてあげること。これが1番大事です!)これが出来てなかったら僕をどつきにきて下さい!全力で謝ります!奈那にはそんな中、4年間専属で笛を吹き続けてくれたこと、本当に感謝しています。誰よりも自分の状態を分かっていても、今日の反応はやっ!とか試合で勝った時にまじでかっこよかったと言ってくれて、最後の引退試合では、涙しながら駆け寄ってきてくれたことが本当に嬉しかったし、何よりも心の支えでした。ありがとう。

最後に同期のみんな

自分達の代だけ、名前がある。きんふぁみ。その由来は、僕達の大尊敬しているきんぞーさんが由来。

きんぞーさんが一年生の時ご指導して下さって、そのおかげで名前が付いた。

あと一年生まれるのが早ければ、あと一年生まれるのが遅かったら、みんなと出会ってないと考えると恐怖で仕方ない。

4年間もあれば楽しいことばっかりじゃなかったし、辛いこと、しんどいこと、辞めたいと思ったこと。何回も何回もあった。喧嘩もしたことあるし、口を聞かないこともあった。それでも、辞めずに引退を迎えることができたのは確実に同期のお陰だったと思う。

入部した時に比べたら、人数も減ってしまったと思うけど、残った20人で引退出来て本当に嬉しかった。

僕がその中でも記憶に残っている試合は、残り数秒で負けてしまったウィンターでの阪大戦、リーグ戦での立命戦、最終戦となった神戸学院戦。


どの試合も鮮明に覚えてるけど、やはり四年間の集大成となった神戸学院戦は今後の人生においても忘れることはないと思う。

自身の記憶上、逆転勝ちするということがほとんどなかった自分達の代。あの日だけはあの場にいた全ての人間が一致団結して、掴み取った勝利だったと思う。そして何より、勝ち負け以上に得るものが大きかった。

リーグ戦開幕後、部としてもいろんなことがあり、各々思うことはたくさんあったと思う。

その中、全員が死ぬ気でボールを追いかけて、全力で走り続けて、声が枯れるまででっかい声を出し続けて、意識してないのに涙が出てきて、試合終了と同時に、抱き合った瞬間は格別やった。この4年間が報われた気がした。最高に楽しかった。ほんまにありがとう。




合計10000文字を超えました。

この力を卒論に活かせてたらもっと早く終わってたやろうなと思ってます。


でも一回書き始めると止まらなくて、書き残しをしたくなくて、4年間の想いを全て文字にしました。


最後の最後まで付き合ってくれた方ありがとうございました。

 


そして最後になりましたが、

4年間本当にお世話になりました。

ありがとうございました。

近大ラクロス部に入部して宝物が出来ました。



                    4回 日高颯太

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