こんにちは、2021年近畿大学度男子ラクロス部平社員の岡村航希です。
まず初めに、2021年度リーグ戦開催の為にご尽力頂いた協会関係者の皆様、並びに近畿大学ラクロス部の関係者の皆様、日頃より多大なる御声援、御支援のほどありがとうございます。
この場を借りて感謝申し上げます。
あと、おかんとおとん、広島から遠いにも関わらず、何度か試合に足運んでくれてありがとう。
また、合宿費や遠征費など何かと理由をつけて幾度となく金銭的に支援して頂きました。本当にありがとうございます。ただ、その際、水増しをして、差額分を懐に入れていたことを、この場を借りてお詫び申し上げます。すいませんでした。
11/23(火)の入れ替え戦を最後に、現役を引退しました。結果から言うと、入部して以来ずっとチーム目標であった「 1部昇格 」を見事達成することができました。ALL KINDAI TOTAL LACROSSEを体現できたからこその結果だと思っています。
さて、4年間振り返ってみると本当に4年間も過ごしたのか?というくらいあっという間でした。
僕は、昨年神戸学院大学で主将を務めていた西濱虎之介(通称トラ?)に、ラクロスの体験でもいいから行ってみてと勧められ、同期の松西陸を誘って行ったところ、とても楽しかったこともあり、入部を決断しました。陸が入部していなかったら、僕もしていなかったと思うので、この充実した4年間を過ごせたのは、陸のおかげといっても過言ではないと思ったけど、やっぱり過言でした。
一浪して、先に大学生になった友人が、ザ・大学生みたいな生活をしているストーリーを見て、「俺も大学行ったら遊びまくったんねん」と羨望の眼差しで意気込んでいたのに、蓋を開けて見れば、汗臭い体育会の部活動に熱中していました。
1回生の頃は、ただがむしゃらに練習していたので、ほとんど記憶に残っていません。しいていえば、1回生の時は、拓海や遥輝、大樹らと夜10時くらいまでひたすら壁当てしていたことくらいです。
2回生の時は、今年OFコーチをしてもらっていた米田(ヨネ)さん率いるチームで、リーグ戦に出場させてもらいました。KGと法政大学との練習試合で点を取ったことによる大抜擢でした。今思えば、ラクロス人生のピークでした。
しかし、当時のAチームは、練習の雰囲気(特にOF)が、いい意味で厳しく、ピリついていて僕は圧倒されていました。下手すぎて周りについていけず、十字パスはイモるし、ミスを恐れ、スクエアシューから全てにおいて陰キャプレーしていました。
KG戦のようにガツガツしたプレーというよりかは、消極的なプレーをするようになり、リーグ戦終盤では、メンバーに選ばれず腐りかけそうにもなりました。
でも、この時やっと、Aチームに上がって満足していたことに気付かされたのと、全く技術的に成長していない自分に危機感を感じ、気持ちを入れ替えてそれからの練習に臨めたので、良いターニングポイントになったのを覚えています。
3回生になってからは、コロナの影響で、練習できない日々が続きました。でも、この状況やからこそ、周りと差つけれるんじゃね?と思って、結構毎日壁当てしたり、トラ?と練習したりしていました。
練習再開してからは、やっと考えてプレーしたり、周りとコミュニケーション取りながらプレーするようになりました。
そして、満足のいく練習ができない中で特別大会を迎え、結果も1勝2敗1引き分けと悔しい結果で終わってしまいました。
難しいシーズンでしたが、壮真さん達から教わったものはたくさんあったと思います。
そしてこのラストシーズンは、本当に楽しかったです。あっという間でした。同期と好き勝手できるし、後輩も愛嬌あるやつばかりで可愛げあるし、もっと早く関わってればなとちょっと後悔してます(笑)
OFに関しては、大輔が良い感じにみんなを統率し、とてもいい雰囲気を作ってくれたからこそ、先輩後輩関係なくプレーに関与することができ、練習の度に組織が完成されていきました。
僕たち平社員に比べて、大輔と智くんは本当に大変でしんどかったと思います、まじで尊敬してます、ありがとう!
正直、「朝練だる」とか「練習長いねん」と思ってたことも日常茶飯事です。それでも、いざグランドに立つと、やっぱラクロスおもろ!ってなるし、自分のいいプレーや得点はもちろんのこと、インスタで海外選手の上手いプレーや、社会人の試合を見たり、飲みに行ったらラクロスの熱い話するし、なんだかんだラクロス好きなんやなって実感もしました。
なにより、同期、先輩後輩と過ごす時間が本当にかけがえのないもので、みんなに会うことが1番のグランドに立つ理由でした。
4年間色々なことを犠牲にしてラクロスをやってきたけど、今思うことはラクロス部に入って心の底から良かったと思います。
(とはいえ、大学生やり直せてもラクロスするとは言ってない??♂️)
色々な人に出会えたこと、人として成長出来たこと、そして何より同期のみんなに出会えたこと、それが何よりの財産になりました。
本当に4年間くそお世話になりました!
後輩へ
西原と電柱にもたれかかり、共有の話を聞いていなくて大輔に怒られる、という姿を見てアホやな〜と思っていた人もいると思います(笑)
それでも、僕たちと真剣にラクロスを取り組んでくれてありがとう!本当に、この1年間がラクロス人生で1番楽しかった!
お前らみたいな頼もしい後輩がおらんかったら、絶対1部昇格できてなかったし、こんな楽しくなかったと思う。
特に、ノリピと遼平は、くそ上手いし、何でもできるから同じMFとして本当にリスペクトしていました。
やからこそ、後輩に負けへんぞという向上心を持って練習に取り組めたおかげで、僕自身とても成長できたし、それなりに活躍できたと思います。
来年は、2人がMFを引っ張っていく存在になると思います。人数少ない上に、1部のメンツと戦うわけやから、相当大変だと思うけど、お前らなら絶対勝てるし、上手く導いていけると思う!
来年のリーグ戦、絶対見に行くので、ラストイヤー頑張ってください!!めちゃくちゃ応援してます!!
これからは、練習の合間のたわいもない会話で盛り上がることも無くなるのかと思うと、めちゃくちゃ寂しいです。ほんまになんもすることなかったら、顔出します。多分。
引退してからは、釣りしかしてないと思うので、ぜひ一緒に行きたい、興味あるよ!って人居てたら、気軽にLINEしてきてね❤️
最後に、次のブログを書く西原拓海を紹介して終わりたいと思います。
彼は、1回生の頃から、関西の世代No.1プレイヤーと謳われ、他大からも一目おかれる存在でした。
しかし、そんな彼のラクロス人生は決して順風満帆なものではありませんでした。2回生の時、肩靭帯の怪我を患い、約1年間を棒に振ってしまい、日本代表の道は閉ざされてしまったのです。
彼は、僕たちと比べて、実質3年間しかラクロスをしていません。にも関わらず、代名詞のランシュー、「西原ダッチ」とも言われたダッチのキレ、パス精度、etc...。どれをとっても一流。もう1年プレーしてたら、どうなっていたのだろうか。
まあ、そんな彼が実質3年間の公式戦で取った点数は、たったの2点なんですけどね。(笑)
以上で引退ブログを終わらせていただきます。長々と読んでいただきありがとうございました。
本当に4年間ありがとうございました。
4回 岡村